北上川が近くに流れ、おいしいお米の取れるたんぼに囲まれた中学を卒業してから40年もの月日が流れた。
同学年はたった3クラス。
名前を見るとその当時の顔と姿がたちまち浮かんでくる。
みんな等しく貧乏で、楽しいことを探しながら、遊びにも運動にも熱中した。都会に出てきた者、田舎に止まった者、都会から田舎に戻った者。
みんなそれぞれの人生を歩んでいる。ふっと、あの顔この顔に会いたくなるときがある・・・
≪続 き≫
関東エリアに住む仲間が2001年の夏、新宿に13人集まった。
その内の一人は田舎から新幹線で駆けつけた。中学卒業以来初めて会う顔もあった。
みんな大きく、いやいや、年を取ったね、を皮切りに懐かしい思い出話はつきることがない。
笑いと東北弁でのおしゃべりが店内に渦巻き、何をしゃべっているのか聞こえない程のうるささである。
ここは歌舞伎町のど真ん中。
店員さんも呆れ顔。数時間もこんな状況なのに、しゃべり足りないとのことから、一泊温泉旅行に行くことに決めた。
2002年、2月から私たちの大騒ぎツアーが「伊豆・修善寺」からスタートした。
どこに行っても東北弁。おみやげは持ちきれないほど買う。常にしゃべり笑っている。何でも喜んじゃう。
2003年は雪舞う「那須・塩原」、2004年は福島の山間の宿。
そして2005年はついに、このグループが日本の地を離れた。
それぞれ仙台からと成田から出発し韓国のインチョン(仁川)国際空港で落ち合った。
「随分、寒イッチャナヤ」「アソゴでオディン(おでん)食ッテキタドォ」・・・始まった、始まった。
夜のミョンドン(明洞)。屋台や出店が連なり活気に満ちている。
見るもの聞くもの全て珍しく、ちょっとしたことで大騒ぎになる。
「アッヅぅ、ヅヅーぅ(ギャーギャー、アハハぁ)」。
見たら、日本の3倍も大きな紙コップに入ったホットコーヒーをストローで飲んでいた。
誰かを見失っても、湯気が立つ屋台のそばに行けば必ず見つかる。次から次と食べているのである。
翌日は、やっぱり冬のソナタのナミソムへ。
どう考えても、私たちには似合わない場所ではあったが、まぁ、おみやげ話にはなったと思う。
夜は、男性陣も含めてみんなで韓国マッサージ。気持ちも身体もトロトロ。
ホテルに戻った後は、またしても「あの頃はストーリー」が延々と続く。
あっという間の2泊3日。でも、ずいぶんと長い時間滞在したような、とても楽しいツアーだった。
空港に向かうバスの中、ガイドさんへ笑顔で「イッペ、カシェイデ、マダ クッカラナァ(いっぱい稼いで、また来るからね)」。
ガイドさん一言「難しい、日本語ですね。」
韓国にいる間に、2006年は千葉県の房総と決定しました